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お茶の歴史

お茶の歴史

日本文化の形成に大変重要な役割を果たしている、喫茶文化。
現在では、和菓子・洋菓子問わず「抹茶スイーツ」や料理の素材としてもお馴染みの抹茶ですが、お抹茶はどこからきて、どのように広まって行ったのでしょうか。
茶道では純粋な抹茶をいただきます。時には、脈々と受け継がれてきた歴史に思いを馳せ、お茶室で抹茶をいただいてみませんか。

 

喫茶の始まり

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陸羽(唐の文筆家)の著した「茶経」の冒頭に、「茶は、南方の嘉木なり」とあるように、お茶は、8世紀後半に、中国の雲南省辺りから伝わったと言われています。平安時代, お茶を飲むことができたのは、貴族や高僧だけでした。日本の喫茶の最初の記録は、嵯峨天皇が近江の唐崎に行幸され、崇福寺に立ち寄られた際に、大僧都永忠が梵釈寺で茶を差し上げたものです。

鎌倉時代には、栄西が「喫茶養生記」を著しています。この冒頭に、「茶は末代の養生の仙薬にして、人倫、延命の妙術なり」とあり、お茶は良薬と考えられていました。鎌倉三代将軍源実朝は、お酒をよくお召し上がりになったので、栄西は、お茶を良薬として煎じたと言われています。栄西と親交のあった明恵上人も、お茶の普及に貢献した方です。明恵上人は、京都・高山寺に栄西からもらった茶種を植え、これが日本最古の茶園と言われています。ここから、日本各地に喫茶文化が広がっていったのです。

 

宇治茶

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伝説によると、明恵上人はお茶に適する地を求めて、京都府南部・宇治に来て、茶種を植えたといわれています。宇治は、お茶の中でも特に、覆い下園で栽培される高級な玉露や抹茶の生産地として日本一です。静岡茶や狭山茶と並んで、「日本三大茶」のひとつとされています。
室町時代に入り、武士が権力を持つようになると、宇治を大切な茶園として保護するようになりました。茶道体験古都から徒歩1分の金閣寺を建設した、足利義満(1358-1408) も、宇治を保護したと言われています。

 

侘び茶の完成

常照寺 遺芳庵

15世紀後半には、村田珠光(1423~1502)が草庵の茶を創出しました。珠光は、「月も雲間無きは、いやにて候」と語ったと伝えられています。お茶碗ひとつをとってみても、左右対称で完成度の高い宋の青磁の茶碗より、国焼きの茶碗が好まれることからも、佗び茶の精神を読み取ることができます。これを受け継いだ武野紹鴎(1502~1555)の元で修行をし、千利休(1522~1592)は佗び茶を完成させました。「花をのみ待つらん人に山里の雪間の草の春を見せばや」(藤原家隆)この和歌は、利休の茶の精神を現す和歌として知られています。静けさの中にも新しい活動力を秘めた力強さを感じることができます。
この千利休の侘び茶が、豪商や武士たちに受け入れられ、広く浸透していきました。
こうして長い歴史と伝統のもとに受け継がれている茶道のこころに触れてみませんか。茶道体験古都は、外国人の方も観光客の方も歓迎致します!

 

茶道をめぐる歴史散歩」井上辰雄著
URL:www.urasenke.or.jp/textb/kids/
常照寺

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